







続いていく、表現の軌跡。
1977年岡山県生まれ。6歳より書を学び、高校在学中から赤塚暁月に師事。その後、大東文化大学文学部中国文学科にて田中節山のもとで学び、古代の文字研究にも触れた経験を礎に、古代文字と斬新な書風を融合させた独自のスタイルを確立した。その表現は国内外で高く評価されている。現在はフランス・ボルドーに拠点を移し、世界を舞台に創作活動を展開するとともに、現地の教育機関で書道ワークショップを行うなど、芸術教育にも積極的に取り組んでいる。2023年秋からはボルドーのエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)で絵画を専門的に学び、さらなる創作の領域を切り拓いている。
2014
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)にて揮毫パフォーマンス
2017
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)にて揮毫パフォーマンス
2018
- 世界経済フォーラム(ダボス会議)Japan Nightにて揮毫パフォーマンス
2019
- Yahoo! JAPAN 新元号「令和」の書に選出され、作品が広く認知される
2022
- パリ・Galerie Mikiko Fabianiにて個展「Des fleurs qui dansent」開催
- パリ・ユニクロ・マレ店にてコラボTシャツ発売、ユニクロヨーロッパ全店でトートバッグ発表
- 銀座ギャラリー和田にて個展「Fleurir ensemble」を開催
2023
- 大丸札幌店美術画廊にて個展「Fleurir ensemble」を開催
2024
- Château Les Carmes Haut-Brion「L’ART AUX CARMES」に選出
2025年 1月
- グラン・パレ–国立美術館連合芸術工房との共同制作
- 在アルジェリア日本大使館の招聘により、アルジェリア国立書道博物館にて作品展示・寄贈およびアトリエを開催。
2025年 5月
- ルーカスフィルムとProduction I.Gによる『Star Wars: Visions Presents – The Ninth Jedi』(Disney+ 2026年配信)題字揮毫
- 大阪・関西万博フランスパビリオンにて、AXA主催イベント「Café de l’Art de Vivre~愛と芸術と文化を結ぶ~」にゲストスピーカーとして登壇
- シンガポール・I.F. Galleryにて個展「Stars in the Night Sky」開催
2025年 6月
- ナント歴史博物館「北斎展」オープニングで揮毫した作品を同館へ寄贈
2025年 9月
- ベジエ市立Musée Fayetにて企画展 「Carte blanche à Maaya Wakasugi」を開催
2025年 10月
- 在ラトビア日本大使館主催の文化芸術交流にて揮毫した作品がリガ証券取引所美術館に寄贈

© Gilles Bassignac
Maaya Wakasugi「和」の書
現在、フランスのボルドーを拠点に活動するMaaya Wakasugi(マーヤ・ワカスギ、1977年~)は、岡山県玉野市出身。6歳より書道を始め、その後、赤塚暁月(1946-2020)に師事する。赤塚暁月の書は、中国清末の碩学として著名な張裕釗(1823-1894)の流れを汲む。張裕釗は北魏の楷書を学び、書の原点といえる「石刻」の趣を自らの書に取り入れた人物でもあるが、北魏の楷書の特徴は、石に直接下書きをした筆者の書とは別に、意図せず彫り手の刀の入れ方が書に影響を及ぼしたといわれている。つまり、右肩上がりで鋭く角張った点画が特徴となり、剛健な印象をまとう。この筆法を受け継いだのが日本人である宮島詠士(1867-1943)で、弟子として裕釗の筆法を極め、中国を去る際には「中国の書東す。」(中国の書道、日本に移る)といって同門の諸子たちに惜しまれるほどだった。
さて、第二次世界大戦後、日本で毛筆書道を学校教育で復活させる必要性を訴え、それに尽力したのが上條信山(1907-1997)である。宮島詠士に師事して「逆入平出」の筆法を受け継ぎ、独自の書風を確立した彼は、日本最大の総合美術展覧会「日展」第7回において特選を獲得、その後は書壇を牽引していった。多くの大学で教鞭を取ったが、そのなかの一つ「大東文化大学」は現在、国内で初めて書道学科が設立された大学としても知られている。そして、彼の教え子で門弟となったのが赤塚暁月で、当然のようにMaayaも師と同じ大学に進むのだった。
Maayaは大学時代、上條信山の書風を継ぐ田中節山のもとで書の学びを深めていく。そして、信山流の書の筆の動きを何度も目の当たりにするのだった。それまで、石に刻するような線を目指すのであれば、さぞゆっくりとした筆運びだろうと想像していたが、それとは裏腹に、目にも止まらぬスピードで走るその書に大変驚いたという。さらには墨の飛沫が紙面を彩り、力強い筆線と軽やかな飛沫の対比には心が躍ったそうだ。そしてこの体験こそ、Maayaの作品を語るうえで欠かすことのできない事柄になったのだと私は考える。
Maayaの書を語るとき、やはり見過ごせないのは2017年NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」の題字だろう。大衆の目に触れる、この上ない機会だった。そこでMaayaは、若き頃から憧れ、そして、身につけてきた刻するかのような書線を駆使し、迫力のある書を書いた。さらに筆の躍動感にともなって生じる飛沫も、その書を彩った。紙面というのは二次元ではあるが、下に向かおうとする刻するかのような筆線と、それと相反するように紙面上に飛び乗る墨のしずくが共存したとき、ベクトルの矛盾によって立体感が表出される。Maayaは、自身の書においても、はたまた舞台をキャンバスに変えたとしても、感動の源泉たる「立体感」は強く意識している。
相反する二つのモノが一つの場に共存することを東洋思想では「陰陽」というが、Maayaのアート表現はまさに「陰陽和合」である。現在、フランスのボルドーにアトリエを構えるMaayaであるが、その際、和紙からキャンバスへと表現の場を変えた。同じ書道家からすれば、墨が吸収されない厚手の布を選択するなんてにわかに信じられないが、Maaya自身は「挑戦ではなく、冒険」と、にこやかに語る。ボルドーのエコール・デ・ボザールで絵も学び始め、キャンバスとも真摯に向き合うことで、東洋の「書」の理解も一層深まったという。キャンバスに絵の具を乗せ、何層にも重なった舞台で、一度限りのダンスを踊る。それがMaayaの「書」の姿だった。
「西洋」と「東洋」。積み上げては刻む。性的マイノリティを自覚し、ドラァグクイーンとしても活動したMaayaの体内には「男」と「女」がある。やはりMaaya Wakasugiのアート表現においては「陰陽和合」がキーワードとなるだろう。「書」はどこまでいっても「文字」と離れることはできない。Maayaの「書」もしかり。ただ、はじめに文字を意識し、インスピレーションのみを得て、その後は言葉の枠を超えるものが自分だと信じて表現していく。例えるならば自由律俳句と同じ。まずは形式を意識はするが、そこにけっして嵌めることのできない感情を重視するのである。
「共に人間なのだといって、笑って許し合えたらどんなに素敵か」
Maayaが十代で出会った、当時の書道雑誌に掲載されていた言葉だ。近年、Maayaは大病を患ったという。命あることへの感謝もまた、作品を輝かせている要因の一つだろう。枯渇はアート表現における何よりの活力となるが、誰よりも二律背反に悩まされた身だからこそ、生み出される作品には「陰陽和合」、そして「調和」への温かな眼差しが感じられるのである。







































